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     吉田神社の神楽の流れ 2

 吉良町吉田神社に伝わる神楽囃子(かぐらはやし)の伝来元を探る。
 

  愛知県西部の神社では、女子児童による神楽舞が奉納されているところが多く、その神楽囃子には共
通点が見られる。このことから、神楽囃子の伝来元が存在すると思われるが、今となっては、どのように
伝来したのかほとんど伝承されておらず、不明な点が多い。

 そこで、各地に残る神楽囃子を比較検証することにより、伝来元を調べることにした。

1 これまでに分かっていること
 (1) 愛知県下全般では
  ①女子児童による神楽舞は、西三河・尾張地区に多く存在しているが、全国的には珍しいことである。
  ②宮流と呼ばれる熱田神宮でかつて正式行事として行われていた神楽舞が、だいたいJR東海道線よ
   りも北の地域で、里神楽として各地の神社に導入されていった。
  ③JR東海道線よりも南の地域では、朝日・伏見屋流が多い。
  ④知多半島南部では、朝日流が多い。
  ⑤幡豆町から東では、女子児童による神楽舞は大変少なくなる。

 (2) 一色町では
 生田神社(生田)、松木島神社(松木島)、諏訪神社(一色)に現在神楽舞が伝承されており、すべて
大和流である。大和流と称されるのは、「神おろし」演奏後、1番初めに演奏することに決まっ
ている曲が「大和」と呼ばれるため、そこから大和流と名付けられたと類推される。尚、3地区とも、
自流のことを大和流とは称していない。
 この中で、諏訪神社が使用する大太鼓は古く、一番古くから神楽舞を行っているように見える。神社誌
によれば350年前から舞を行っていたようだが、現在の大和流神楽舞とは限らないため、大和流の伝来元
とは言い切れない。

 また、松木島の神楽囃子は諏訪神社と類似しているが、松木島には、伊勢から伝わったという伝承が残
っており、諏訪神社と同じ流儀から、別途伝えられたと考えられる。

 生田は、神楽曲の類似性からして大和流であるが、曲目や早神楽の違いから、諏訪神社からの伝来には
見えない。

 このように、3地区の流儀は明らかに大和流であるが、類似点が多いことから同じ伝来元から別々に伝
えられたと判断できる。

 一方、西尾市の南部地域に多い大和流や吉良町大島・高島地区では、諏訪神社から伝えられたと地元に
言い伝えが残っている。

 (3) 西尾市では
 南部では大和流が多く、一色・諏訪神社からの伝来が多い。現在神楽舞が残っているところはずいぶん
少なくなってしまった。

 北部では、伏見屋流が多い。碧南市伏見町・稲荷神社の神楽囃子が大元である。一番初めに伏見屋から
西尾市の徳次や住崎に伝えられたと言われており、そこから市内や安城市南部に広がっていった。

 (4) 碧南市では
 平七・霞浦神社(かほじんじゃ)には、かつて大浜上・熊野神社の神楽囃子を見て覚えたとの言い伝え
が残っている。そして、この神楽囃子の流儀を平七・霞浦神社では朝日流と称している(熊野神社
では、自流を朝日流とは称していない)。
 碧南地区の神楽囃子は、概ねこの流儀であり、他地区からは朝日流と呼ばれている。尚、大浜上・熊野
神社では尾張の方から伝えられたとの伝承が残っている。

 伏見屋・稲荷社も同様に神楽を導入したと思われるが、碧南の中では、少し異色である。ここから伝え
られた神楽囃子は、伏見屋流と呼ばれており(自社内では伏見屋流とは称していない)、
西尾市・高浜市・安城市に伝来していった。

 (5) 安城市
 安城市南部は、伏見屋流が多く分布する。西尾を経由して伝来したところも多い。北部は宮流が多い。

 (6) 吉良町
 吉良町内の神楽は、伝来が様々なことが特徴となっている。

 津平・志葉都神社では、古式の神楽舞が行われる。宮崎では、津島市・津島神社から伝来したと思われ
る尾張風の舞が行われる。神楽囃子は、妙にテンポが遅く、古い時代の雰囲気を持っている。

 対して、他の神社では、近隣から神楽舞や囃子を導入してきた。
 大島、高島は、一色・諏訪神社から導入。といっても、2つの地区間での神楽囃子の交流は全くない。
荻原・羽利神社は、西から伝えられたとのことで、伏見屋流そのものであった。横須賀・春日神社では、
大和流と朝日・伏見屋流を合わせたような神楽となっている。

 吉田神社は、伏見屋流に全曲があり、西尾の伏見屋流にかなりの影響を受けていると思われるが、伏見
屋流ではない。太鼓配置など大和流の影響を受けているところも見受けられる。
 吉田神社の神楽囃子・舞は、明治時代に、吉良町内の中野・大日神社、荻原西・津島社荒子・八幡社に
伝えられ、現在中野・大日神社にそのままの姿で伝承されている。

2 使用楽器による類似性
 使用楽器や演奏形態は、意外と頑なに守られ、伝承されている例が多い。
 朝日・伏見屋流では、締太鼓1、大太鼓1、篠笛11本調子相当の三河笛が使用される。
 大和流では、締太鼓2、大太鼓1、篠笛10本調子または7本調子が多く、9本調子も見られる。

 吉田の場合は、締太鼓2、大太鼓1、9本調子相当の篠笛と、大和流に近い。因みに、大和流で使用さ
れる9本調子の篠笛は、吉田神社で使用される笛と全く同じである。碧南方面では、この笛がチャラボコ
太鼓に使用されている。

3 本シーズン明らかになったこと
 (1) 安城市桜井神社

 基本的な演奏形態は、朝日・伏見屋流と同じである。
 神降ろしから開始し、宮神楽、岡崎、一色、新茶利、巣籠、茶
利崩しを適宜演奏し、神上げ、早神楽(印内地区)にて終了する
というスタイルである。
 巫女の衣装も、朝日・伏見屋流と同じである。
 特徴的なのは、拝殿内で行われる豊栄舞・浦安舞と同時に神楽
舞が奉納されることと、演奏のテンポが遅く、雅楽的な雰囲気が
あることである。
 また、締太鼓は、三河独特の「小締め」と呼ばれる金胴製の4
丁掛けの締太鼓に相当する太鼓を使用し、大太鼓は、やはり三河
に多いコンコロ太鼓が使用されている。これは、通常三河では、
3輪の囃子車で演奏されるチャラボコ太鼓のセットと同じであり、
これが神楽に転用されたようにも見える。他にも、和泉・八剱神
社にても同様なことが見られる。当地方のチャラボコ太鼓の起源は、安城からという有力な説があるので
(「三河のチャラボコ」)、こちらが、碧南の神楽囃子の源流かも知れない。

 吉田との関連が深いことは、「岡崎」という曲は吉田神社に存在することである。「まぬけ」と吉田で
は呼ばれている。この「岡崎」は、岡崎の神楽連から伝来したことから名付けられたという証言があり、
吉田神社でいう「岡崎」とは違う曲である。
 朝日・伏見屋流でも、「岡崎」が吉田で言う「まぬけ」と同曲の地区がいくつもあり、この曲に限り締
太鼓の打ち方が異なる点も共通しており、関連性がうかがえる。また、朝日・伏見屋流圏では、「岡崎」
と「まぬけ」の曲名が逆転していることもよくあり、中には「岡崎」(まぬけ)と表記しているところも
あるくらいである。

 ということから、朝日・伏見屋流圏にはもともと「岡崎」という曲がある中に、岡崎・安城方面から
「岡崎」が伝わり、同名では混乱するため、岡崎からの「岡崎」は、「まぬけ」と称されるようになった
のではないかと推察される。

 その推察を後押しすることとして、桜井神社の「岡崎」は、宮流の「花かがり」と同曲である
ことが確認できことがある。宮流の「花かがり」は、地区により「岡崎」と呼ばれており、宮流圏ではよ
く演奏される曲目となっている。

 吉田で言う「岡崎」の起源は、江戸時代に流行った「岡崎女郎衆」という唄であることは確認できてい
る。この曲自体は、朝日・伏見屋流全体にあるのだが、岡崎から伝来した「岡崎」により、名前が混乱し
たと言える。

 (2) 安城市小川神社
 ここの神楽囃子には、吉田神社と同曲が多くあり、吉田との関連性が考えられる。

 小川神社の曲目は、すずむし、神下ろし、花車、松時雨、矢車、松時雨崩
し、矢車くずし、すごもり、ノップル、野くずし、あげひばり、三吉、間抜
け、ひゃらくずし、打ちはやし、二つめ、二つめくずし、神おさめ、速かぐ
らであり、吉田神社の曲目のすずむし、矢車、矢車くずし、すごもり、
ノップル、間抜け、二つ目、二つ目崩し、速神楽と一致する。直接伝来
したところ以外では、これほど曲目が一致することはなく、また、曲自体も
速神楽以外は一致することから、吉田神社の神楽囃子は、ここから伝来した
可能性が高い。
 小川神社の神楽囃子は、碧南の神楽囃子のようにテンポが速く、使用する
笛も11本調子相当の三河笛であり、細部まで碧南風になっている。伝来元は、伏見屋・稲荷社ということだ
が、伏見屋流の中では演奏が異色であり、吉田神社の演奏スタイルと似たところが多い。

3 まとめ
 直接的には、吉田神社の神楽は、安城・小川神社からの伝来と考えられる。演奏スタイルから、安城・
桜井神社からの伝来も考えられる。舞のスタイルも共通しており、舞も伝来したと考えられる。
 また、太鼓の打ち方や、演奏方法から、西尾市の伏見屋流の影響が見られる。
 さらに、太鼓配置や一部の曲目では、大和流の影響が見られる。

 神楽囃子の伝来に関しては、たいていの地区は伝来元と酷似しているのが普通であるが、吉田神社の
神楽囃子は、ここからと言えるところがない。安城・西尾・一色の多方面から取り入れ、独自のスタイル
を作ったと考えられる。
 その判断材料の1つとして、大和・朝日・伏見屋流圏では、最後に「早神楽(上げ神楽)」を演奏する
ことになっている。その曲の特徴は、後半からテンポを大きく上げて演奏されることである。ところが、
吉田の速神楽は、前半に速いテンポで演奏され、後半遅いテンポに落とされる、というように、全く逆で
ある。これには類例はなく吉田のみで、意図的に変えたと思われる。
 したがって、ここまで各地の神楽囃子を元に当地流に編曲していることから、この神楽囃子を
吉田流と称してもよいと考えている。
 唯一、「岡崎」については、吉田神社で演奏される曲が原曲に一番類似しており、吉田がこの曲の源流
と見てもおかしくない。

4 今後の課題
 桜井神社の源流は不明である。また、松木島神社の神楽囃子は、伊勢方面からの伝来と伝えられる。碧
南・熊野神社では尾張方面からの伝来との伝承がある。
 これらの3流には類似点が多く、源流は同一ではないかと考えられるので、それぞれの伝来元を特定し
ていくことが今後の課題と言える。