吉良の茶 【吉田神社祭りHome】 【神楽】 【囃子】 【笛】 【太鼓】 【演奏】 【Link】 【prof】 【Mail】

祭り囃子の伝搬

【神楽囃子】
 1区・2区・3区・4区の神楽囃子は酷似しており、このどこかが他の3地区へ伝承したことは間違いない。

 5区は、大和流であり、一色諏訪神社からの伝承と伝えられ、1区・2区・3区・4区とは異なる神楽囃子である。

 2区が、130年ほど前、知立へ修行に行き、神楽を覚えたとの証言があった。そこで、知立方面の調査をしてみたが、知立は、宮流文化圏であり、当地の神楽とは形態が異なることから、知立からの伝搬とは考えにくい。

 2区から、他地区へと伝承されたとの証言がある。

 2区の笛は、途絶えた時期があり、1区川岸組の笛吹が2区に移住していたことから、その人が笛の再興をした経緯がある。そのため、現在の2区は1区とほとんど同じである。

 1区川岸組から、4区・中野・荻西・荒子へ伝承されたことが、証言から明らかになっている。

 1区だけ曲名の呼び方が2曲異なっている。しかし、伝承先では、その曲名ではないため、1区での呼び方が比較的最近に変わったと考えられる。

 一番最初に演奏する「笛神楽」は、すべての地区で異なる。いくら伝承されても、これだけはオリジナルのようである。
 1区と3区の「笛神楽」は、ほぼ同じであるのは、3区が1区北谷戸組の「笛神楽」を導入したためである。

 吉田の神楽囃子は、西尾・安城の伏見屋流の流れと考えられるが、大きく編曲され<、構成も異なっている。また、一色の大和流の影響も大きい。そのため、吉田流と称しても問題ない。

【太鼓囃子】
 1区北谷戸は、以前は大太鼓があり、打ち込み囃子を行っていた。同様に、4区宇野津にも大太鼓があり、打ち込みを行っていた。1区北谷戸は、総代と若衆との間で対立し、ちりからに変更した経緯がはっきりしたいる。

 2区には、コンコロ太鼓があり、打ち込み囃子を行っていた可能性がある。

 3区と4区の大太鼓は、佐久島からの伝来であるという伝承が残っている。したがって、佐久島から太鼓囃子を輸入した可能性が高い。

 1区北谷戸の大太鼓は、乙川に売られ、その後、佐久島に売られていった。

 1区川岸組の「三下がり」は、3区の同曲を垣間見て覚えたとの証言がある。

 松木島で行われているちりからは、荻西と4区宇野津を参考にしており、伝承元よりも元の形態がよく残されている。


リンク用バナー